個人サンプリング法

作業環境測定のデザインやサンプリングについては、従来から単位作業場所を設定して定点の測定点を定める方法で行われてきました。令和3年4月1日から改正作業環境測定法施行規則等が施行され、従来の方法に加えて、労働者の身体に試料採取機器等を装着してサンプリングを行う「個人サンプリング法」が適用されています。令和5年4月には、測定対処物質の拡大なども図られており、徐々に採用される事例も増えているようです。

背景と趣旨

従来の定点によるサンプリング(A測定・B測定)では、作業場の気中への発散の変動が大きい場合や、作業者の移動が大きく測定のデザインが難しい場合などでは、適切に作業環境の評価を行うことが困難になることがありました。このため定点ではなく移動点でのサンプリングである、個人サンプラーによるサンプリング法(C測定・D測定)が新たに追加されました。

個人サンプリング法の施行に先立って、対象となる物質と作業の面からガイドラインが策定されています。対象物質については、有害性が高く管理濃度が非常に低く設定されている低管理濃度特定化学物質(化合物を含めた12種類)や鉛、有機溶剤(37種類)、発がん性のおそれがある特別有機溶剤(12種類)が示されてきました。このガイドラインは令和5年4月に改正され、測定対象物質の拡大などが図られています。対象の作業は主として、移動しての塗装作業など発散源が一定しない作業などが想定されています。

概要

個人サンプリング法による作業環境測定は、単位作業場所における測定対象物質の平均的な状態を評価するためのC測定と、対象物質の発散源に近接した場所における作業について評価するためのD測定からなります。C測定では、従来のA測定と同様に労働者の作業中の行動範囲や有害物質の分布等を考慮して単位作業場所を決めます。厚生労働省のパンプレットがわかりやすいです。

測定の対象者数は、原則として単位作業場所の全ての労働者、もしくは単位作業場所のばく露状態を代表する5人以上の労働者とします。ほぼ同じばく露状態と考えられる作業グループ5人以上の呼吸域にサンプラーを装着して測定を行います。測定対象者が5人を下回る場合(作業に従事する労働者が5人未満の場合)は、作業者が従事する時間を分割して、1人で2以上の採取として5個以上のサンプル数とすることも認められています。

測定時間については、C測定では、対象となる作業に従事するすべての時間中に継続して測定することが原則ですが、同一の作業が2時間を超えて繰り返される場合は2時間の測定に短縮することも可能です。例えば、6時間の対象作業がある場合は、そのうちの2時間の測定とすることが可能になります。またD測定では、ばく露がもっとも高くなると思われる時間に、そのうち連続した15分間を測定します。この場合は、連続する作業時間が15分未満の場合、D測定は実施できないのでC測定のみで評価することになります。

測定結果の評価は、従来の作業環境測定と同様の統計処理を行い、管理濃度と比較して管理区分を決定します。C測定がA測定に、D測定がB測定に対応することになります。

個人サンプリング法の採用は事業者の任意の選択に委ねられており、個人サンプリング法もしくは従来の方法のどちらを選択してもかまいません。この選択に当たっては、衛生委員会等において労働者の意見も踏まえたうえで十分に審議することが望ましいとされています。

注意点

個人サンプリング法は、あくまで従来の作業環境測定方法と同じく「作業場所の環境評価」であり、「個人ばく露測定」ではありません。労働者個人にサンプラーを装着するため、個人のばく露評価とイメージされがちですが、趣旨はあくまで「作業場所の環境の評価」ということになります。

一方で従来から我が国では、作業場全体の環境を改善して良好な状態に保てば、労働者へのばく露も適正な状態に維持されるという考えによって作業環境測定が運用されてきた側面もあります。作業環境測定の評価に使用される基準である「管理濃度」と個人へのばく露限界の指標である「許容濃度」が、多くの物質で同一もしくは近似する値になっていることからも、作業環境と個人ばく露が表裏一体であると考えられます。

管理濃度 許容濃度
評価対象 作業場の濃度 人へのばく露濃度
測定対象 作業環境測定 個人ばく露モニタリング
評価目的 作業環境や作業方法の改善 人への悪影響を最小限にする目的で
ばく露量を評価
法的規制 あり なし
告示・勧告 厚生労働大臣
(告示)
日本産業衛生学会等
(勧告)
管理濃度と許容濃度

一部の化学物質においては、特殊健康診断において尿中代謝物や血中指標など個人へのばく露量を推定する指標があり、生物学的モニタリングと呼ばれています。個人ばく露の評価には、この生物学的モニタリングなども組み合わせて総合的に判断する必要があると考えられます。ただしすべての対象物質で生物学的モニタリングが利用できるわけではありませんし、この手法は個人の体質や試料サンプリング、作業状態などに影響されやすく、精度が高いとは言えない側面もあるといわれています。

個人サンプリング法によるC測定においては、測定時間を「8時間もしくは全作業時間」とすることによって、個人ばく露測定に近い趣旨に流用可能との考え方もあります。結局のところ作業環境測定は、個人へのばく露量の低減を図るための評価手段としても重要と考えられます。

まとめ

我が国では従来から、作業場全体の平均的な状態(A測定)を評価して、その環境を改善することに重きを置かれてきました。これによって現在は、多くの事業場で作業環境が大きく改善され、管理区分1~2になることが多くなっています。特殊健康診断においても、作業に関連すると思われる異常所見が見られることも少なくなっていると感じます。一方で次々と新たな化学物質が増えており、発がん性も指摘されるなど、作業環境の継続的な管理が重要であることに変わりありません。
定点だけによる作業場全体の評価には限界があることや、欧米では個人ばく露測定に重きが置かれてきた現状があることなども、個人サンプリング法が導入された経緯であると考えられます。

個人サンプリング法が導入されて日が浅いことや、個人サンプラーのコストが高価であることなどから、まだ一般的に浸透しているとは言えない状態です。今後の事例の蓄積が期待されるところです。