発達障害傾向が疑われた事例-1

26歳男性、入社後、地方の営業所にて営業職として配属されていた。しかし、入社3年目になっても仕事の要領が悪く、「指示が入りにくい」「何を言っているのかよくわからない」「いくら業務指導しても改善がみられない」などの理由から営業所長の要望で本社に異動となった。本社異動後には複数の教育担当がついて指導に当たっていたが、一向に状況は改善せず、今度は身体症状ばかり訴えるようになった。ただ、いくら症状を訴えることがあっても会社を休むことはなかった。遅刻や早退もなかった。このよう状況のため産業医面談となった。

面談してみると壮健そうな青年で体格も比較的良好であった。しかし、外見とは真逆に話声は小さくボソボソと話し、確かに「何を言っているのかよくわからない」という印象であった。話を聞いていくと頭痛や倦怠感があるため内科で血液検査や頭部CTなどの検査を受けたが、すべて「異常所見なし」であった。脳神経外科にも受診しており、頭部MRIの予定とのことであった。仕事に関しては嫌いではないし、頑張っているつもりではあるが、自分に合っているのかどうか悩みはあるとのことであった。異動前の上司も今の上司もよく指導してくれていると感じてはいるようであった。この日は、頭部MRI検査などまずは重大な疾患が隠れていないかの確認を優先させるということで終了した。

後日、再面談を行った。頭部MRIの結果も異常所見はなく、脳神経外科でも異常はないとの結果であった。症状も頭痛はほぼ消失したとのことであった。しかし、今度は腰痛がひどくなってきたため整形外科を受診中であった。腰部X線、腰部MRIとも異常所見はなかった。上司からの情報では、仕事の状況は特に変化はなく、本人の話ぶりにも変化はなかった。

その後も数回の面談を繰り返したが、そのたびに微妙に違った身体症状を訴えて内科や整形外科、脳神経外科で検査を受けていた。そのすべての検査で異常所見は見られていなかった。このため、「少なくとも目に見えるような重大な異常(器質的異常)はないので身体症状に固執しすぎないこと」「対症的な治療も含めてコントロールすることを主眼とすること」を提案した。また、仕事に関しては特に勤怠不良もなく出社できているため、現状の上司の指示をよく聞いて少しづつ慣れていくことで一応の合意を得た。

しかし、その後も細かい身体症状に固執する状況は変わらず、仕事の面においても改善は見られなかった。結局、上司(会社側)と本人との話し合いで、営業職からは外れ、ルーチンワークに近い部署に異動することになった。この結果、症状の訴えはあるものの職務上の問題はある程度改善され、勤務を継続している。

本事例は「ややコミュニケーションに難があり業務指示は入りにくく改善に乏しい」「身体症状に固執する」などが主な問題点でした。器質的な疾患はすべて否定され、心療内科での薬物治療も効果がありませんでした。職務不全感などのストレスによる身体化症状が中心で確定診断もついてはいませんが、「発達障害の傾向」が疑われました。複数回の面談の中でいろいろな提案をしてみましたが、十分な意思の疎通や理解は得られず、結局はルーチンワークへの異動という結果になりました。勤務する企業の規模が大きいために可能であり、どこの企業でも可能なことではないと考えられます。当該会社に入社できたことからして学業成績は優秀であって、社会生活にも大きな支障はなかったと推察されます。この企業も含めこのような事例は増えており、様々な課題が残る事例でした。