ちょっと教科書的で概念的な事項になるのですが、しばしば登場する「事例性と疾病性」という考え方は知っておいた方がよいと思われます。職域においてメンタルヘルスについて考えたり、実際に活動する上で役に立ちます。今後も時々登場する言葉になります。
まず、「事例性」とは、健康障害によって発生しているらしい本人や周囲の「困ったこと」や「その背景に何があるか」ということです。具体的には、「無断遅刻・欠勤が増える」「ミスや能率の低下がみられる」「周囲とうまくコミュニケーションがとれない」「そうした状況を本人は自覚できていない」などといった実際に現れている困った現象・事態のことです。さらに、その状況を発生させていると考えられる要因を考えることで、「業務負荷など職場環境によるものなのか」「家庭環境など職務外の要因が大きいのか」「病気自体によるものなのか」を把握していくことになります。
一方で、「疾病性」とは、その健康障害を起こしている病気について診断したり、重症度を判断し、治療方針などを考えていくことです。「うつ病や自律神経失調症などの病名」「投薬などの治療」「通院の頻度」「休養の必要性」など医療的なことになります。
職場でメンタルヘルス不調が疑われる事例が発生した場合、まず対応に当たるのは直属上司や人事・総務担当者など、医師でもなく精神疾患の専門家でもない方たちです。このため、診断・治療といった医療的なアプローチは無理です。しかし、何らかの対応はしなくてはなりません。そこで、「どうやらメンタルヘルス不調らしい」と感じた時には、「事例性」に焦点を当てて情報収集や当座の対応を考えることなります。
最初から、「疾病性」にこだわってもうまく解決にむすびつきません。これについては、「医療機関への受診を促す(受診勧奨)」「産業医や保健師などに相談する」という対応でまずは良いと思います。医療につながれば、診断や治療の方向性はついてきます。
本人に受診勧奨する際や家族の協力を求める際には、「どこかおかしいかもしれない」「精神的な問題が疑われる」などといった疾病性に基づく言い方やあいまいな表現ではなく、職場を休んだり遅刻した具体的な回数、業務量の低下、周囲との摩擦など「実際に困っている客観的な事実」を伝えることが大切です。産業医などの医療職に相談する際にも、これら「実際に困っている客観的な事実」をきちんと伝えた方が話は進みやすくなります。
事例性に関しては、単に「集団からの偏倚」「その人の普段と違った様子」などメンタルヘルス不調の早期発見をするポイントとして使われることもありますが、そうした視点だけでなく、上述のように対応も含めた包括的な概念と考えた方が理解が深まり、有用だと思われます。