バーンアウトの防止とワーク・エンゲイジメント

従来の産業衛生・産業保健の活動では、精神的・身体的不健康やストレスなどネガティブな要因や心身不調者個人への対策が中心であり、職務満足感・組織コミットメント・動機づけなどのポジティブな要因や職場組織への対策はあまり行われていませんでした。
近年の労働環境や社会経済状況の変化に伴い、職場のメンタルヘルス活動では、精神的不調への対応やその予防だけでなく、個人や組織の活性化にも目を向けて対策を行うことが、広い意味での労働者の「こころの健康」を支援する上で重要になってきているといえます。

バーンアウト

バーンアウトシンドロームとは、日本語で「燃え尽き症候群」ともいわれ、それまで意欲を持ってひとつのことに没頭していた人が、あたかも燃え尽きたかのように意欲をなくし、社会的に適応できなくなってしまう状態のことをいいます。過度なストレスや疲労の継続によって発生し、仕事への意欲低下、いら立ち、飲酒量の増加などを伴うほか、人間関係を避けるケースも多くみられ、最悪の場合、自殺に至るケースも見られます。

バーンアウト(burnout) という現象が社会的に認識されるようになったのは、対人サービスの需要が急増した70年代中期以降といわれています。この概念を初めて学術論文でとりあげたのはフロイデンバーガー(Freudenberger,1974)であり、彼が保健施設に勤務していた間に数多くの同僚が精神的、身体的異常を訴えるのを目撃したことによります。

当初、バーンアウトは「長期間にわたり人に援助する過程で心的エネルギーが絶えず過度に要求された結果、極度の疲労と感情の枯渇を主とする症候群である」(Maslach & Jackson, 1981)と定義され、対人サービス職に特徴的なものと考えられていました。その後、他の職業でも見られることが明らかになっており(Schaufeli, et al., 1996)、世界保健機関による国際疾病分類第 11 版では、バーンアウトは健康に悪影響を与える世界中で見られる職業上の現象であるとされています(WHO, 2019)。

バーンアウトは、以下の3つの因子で定義されます。①~③の順に出現し、進行するといわれています。

① 情緒的消耗感:仕事を通じて心のエネルギーが出尽くし消耗した状態
② 脱人格化:サービスの受け手(顧客)に対する無情で非人間的な対応
③ 個人的達成感の低下:成果の急激な落ち込みとそれに伴う有能感や達成感の低下

これら3つの因子からバーンアウトの重症度を判定する、マスラック・バーンアウト尺度(the Maslach Burnout Inventory: MBI)が、学術研究において世界中で広く用いられました。
その後、睡眠障害や動悸・胃腸症状などの心身的症状も加味したバーンアウト・アセスメント・ツール(The Burnout Assessment Tool: BAT)がシャウフェリらによって開発され、日本語版BATも翻訳作成されています。この他、日本版バーンアウト尺度(Japanese Burnout Scale: JBS 久保 2004)があり、質問項目の表現が日本の労働環境を考慮して作られていて回答しやすいことから、国内の学術研究で広く用いられています。このようにバーンアウトを測定して評価しようとする試みがなされ、説明因子とバーンアウトの相関性の検討がなされています。

日本語版バーンアウト尺度(労働政策研究・研修機構資料より抜粋)

現場の従業員への産業医面談など実践的な実務においては、バーンアウト尺度の各質問項目の趣旨を念頭に、その従業員が置かれた状況や職場環境などを考慮して、それに適した形で質問しながらバーンアウトの傾向を把握することが妥当と考えられます。

現在のところバーンアウトは、我が国では疾病ではなく現象としてとらえられていますが、オランダやスウェーデンでは職業性疾病とされています。いずれにしても、何らかの対策を講じて防止しなくてはならないことに変わりはないと考えられています。

ワーク・エンゲイジメント

ワーク・エンゲイジメントとは、「仕事に誇りややりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)の 3 つがそろった状態であり、バーンアウト(燃え尽き)の対極の概念として位置づけられています。

ワーク・エンゲージメントの概念(厚生労働省資料より抜粋)

バーンアウトした従業員は、疲弊し仕事への熱意が低下しているのに対して、ワーク・エンゲイジメントの高い従業員は、心身の健康が良好で生産性も高いことが分かっています。

ワーク・エンゲージメントと関連概念(厚生労働省資料より抜粋)

上図は、ワーク・エンゲイジメントと関連する概念(バーンアウト・ワーカホリズム)との関係を図示したもので、ワーカホリズムとバーンアウトとが、「活動水準」と「仕事への態度・認知」との 2 つの軸によって位置づけられています。ワーク・エンゲイジメントは、活動水準が高く仕事への態度・認知が 肯定的であるのに対して、バーンアウトは、活動水準が低く仕事への態度・認知が否定的であることが示されています。
また、「過度に一生懸命に強迫的に働く傾向」を意味するワーカホリズム(Schaufeli, Shimazu, & Taris, 2009)は、活動水準は高いものの仕事への態度が否定的である点で、ワーク・エンゲイジメントと異なります。両者の相違は、仕事に対する(内発的な)動機づけの相違によっても説明することができ(Schaufeli et al., 2002)、ワーク・エンゲイジメントは「仕事が楽しい(I want to work)」という認知によって説明されるのに対して、ワーカホリズムは「仕事から離れた時の罪悪感や不安を回避するために仕事をせざるをえない(I have to work)」という認知によって説明されます。リラックスは職務満足感とも表され、現状の職場環境に満足しているものの活動度は低く弛緩した状態と考えられます。

ワーク・エンゲージメントの測定尺度(厚生労働省資料より抜粋)

ワーク・エンゲイジメントについても、測定して評価しようとする試みがなされています。最も広く使用されているのが、ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度(UtrechtWork Engagement Scale: UWES)で、活力・熱意・没頭の3つの因子を17項目で測定できるようになっています。ワーク・エンゲージメントの測定に関して信頼性・妥当性が確認されていますが、各尺度の説明因子の間の相関性が強く、重回帰分析の多重共線性(説明因子間の強い相関性のため有意差がマスクされる現象)に注意が必要といわれています。

合理的で共通の手法でワーク・エンゲイジメントを測定して評価することによって、職場環境の改善やストレスマネジメント、持続可能な働き方などの研究と実践に活かされています。

持続可能な働き方の実現

人手不足や高度の専門性を要求される職場環境では、従業員が高い仕事の要求度に直面する可能性が高くなると考えられ、その中で「働きがい」を向上させていくためには、仕事の資源を活用できる環境を整備していくことが重要と考えられ、「仕事の要求度-資源モデル」が提唱されています。このモデルを通して、ワーク・エンゲイジメントを高める要因が検討されています。

仕事の要求度-資源モデル(JD-Rモデル)とワーク・エンゲイジメント(厚生労働省資料より抜粋)

「仕事の要求度」とは、従業員の適応能力を超えた場合にストレス等を引き起こす可能性のある仕事の特性であり、仕事のプレッシャー、対人業務における情緒的負担、精神的負担、肉体的負担、役割の過重などがあります。ただし仕事の要求度は、必ずしもネガティブなものだけではなく、ポジティブなストレッサーとネガティブなストレッサーに区別され、仕事の難易度が上昇しても、やりがいのある仕事として捉えられた場合には、そのストレッサーは、個人の成長を促進するポジティブなものになりえます。
「仕事の資源」とは、就業条件(キャリア開発の機会・雇用の安定性など)、対人関係や社会関係(上司によるコーチング・社会的な支援など)、組織での仕事の進め方(意思決定への参加・コントロールなど)、課題(仕事のパフォーマンスに対するフィードバック・正当な評価など)を指します。
一般的には、仕事の要求度とコントロールのバランスがとれていない場合、従業員は仕事にストレスを感じるとともに、様々な仕事の資源も活用できなくなり、ワーク・エンゲイジメントを低下させます。一方で仕事の資源が豊富にあると、仕事の要求度の高さにかかわらず、ワーク・エンゲイジメントが高まることも指摘されています。よって「働きがい」を見出すには、仕事の資源を活用できる環境を整備していくことが重要とされます。

下図は、ワーク・エンゲイジメントとバーンアウトの概念を念頭に「仕事の要求度-資源モデル」を示したもので、「動機づけプロセス」と「健康障害プロセス」の 2 つのプロセスから構成されています。

仕事の要求度-資源モデル(厚生労働省資料より抜粋)

従来の産業保健においては、「健康障害プロセス」に着目して、仕事の要求度によるストレス反応を低減させて、健康障害を防ぐことに重点が置かれていました。しかし持続可能な働き方を実現するには、「動機づけプロセス」にも着目して仕事の資源を充実させ、ワーク・エンゲイジメントを高めて、個人と組織の活性化につなげることも重要といわれています。また仕事の資源の向上は、ストレス反応の低減にもつながると考えられており、仕事の要求度の低減のみでなく、仕事の資源を充実させることが、健康の増進と生産性の向上を両立させるカギになるといわれています。バーンアウトの防止にもつながると考えられます。

まとめ

以上、バーンアウトとその防止対策のカギとなるワーク・エンゲイジメントについて概要を見てきました。今後は、従来型の健康障害を防止する観点だけでなく、職場環境の改善や働きがいの醸成などに積極的に取り組むことも重要になると考えられます。ストレスマネジメントのアプローチにも、これまでとは違った視点が必要になると思われます。